『いつも香港を見つめて』 四方田犬彦 也斯

2010/1/20読了

(揚州チャーハンの専売特許問題に関連し)揚州チャーハンが最も多く食べられているこの香港では、この話は冗談だと思われています。香港は無意識のうちに多くの中国の伝統的な料理法を保存しているのかもしれませんが、同時にまた伝統というものが永久不変のものではなく、現実生活の切磋琢磨のなかで調整し改めていかなければならないものであることも知っています。香港にはまだたくさんの伝統的な習俗が残っていますが、人びとは海辛の小説『最後の嫁迎え古習俗』の登場人物のように、この古い習俗が時代の流れにつれて「最後」となり、それに従って派手な古習俗は観光あるいは民俗展覧会用の媚びた習俗になってしまうことを理解しています。(55)

わたしは後に日曜の午後、中環のシャネルやルイ・ヴィトンの豪華な専門店の店先やヴィクトリア公演で、さらにたくさんのフィリピン女性が集まり、喜々として語り合っている光景を、いくたびか目にしました。日々の辛い労働から解放された女性たちの、あの屈託のない表情。
彼女たちの生気と幸福感に満ちた顔を眺めていると、同じフェリーニのフィルムでも、陰気で憂鬱な『8½』ではなく、彼が晩年近くに撮った『女の都』をつい連想してしまいました。たぶんこの風景は、いまだ観光産業が到達できないでいる、香港の最も新しい光景であり、未来の光景のひとつであるのでしょう。わたしは実に痛快で、明るい気持ちがしてきました。ここにはいかなる抽象的でアカデミックな理論が説くのとも全く無関係に、真の意味での文化的多元性が実在されている。かつてジェイムズ・ジョイスが文学の理想としていた、祝祭的な言語的混交が実現されているのではないだろうかと、直観的に思ったのです。
北角は、かつて大陸の知識人の亡命者を受け入れ、「小上海」と異名された町だと、きみは教えてくれました。今この庶民の町は、フェリーの空地に集うフィリピン女性たちによって、さらに新しく他者を迎えようとしている。いつどのような時であっても、水が高いところから低いところへと流れていくように、人間の流れというものを留めることは、いかなる権力や道徳によってもできないものです。この運動が働いているかぎり、香港はいつまでも活力を喪うことがないでしょう。(79)

往復書簡 いつも香港を見つめて

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