『パリの胃袋』 エミール・ゾラ 5/5

新しい都市風俗の幕開け

 次の引用は、都市風俗小説として、世俗化していく社会を見事に表現した一文。小説が発表されたのは一八七三年だが、「二十世紀」という言葉がさりげなく、ただし強い印象を持って記されている。

 「僕はね、サン=トゥスターシュ教会のバラ窓が、あんな風に中央市場のど真ん中にはめこまれることになったのは、けっして建築上の必要からだけではなかったと思うんだ。いいかい、そこにはひとつの宣言のようなものが丸ごと籠められている。つまりあれが現代芸術なんだ、写実主義なんだ、自然主義なんだ。まあ、どう呼んでもいいけれど、それが古い芸術の目の前でどんどん大きくなってゆく……きみはそう思わないかい?」
 フロランが黙っているので、彼(クロード)はつづけた。
 「おまけにあの教会は折衷式の教会だ。死にかかった中世と、まだ片言のルネサンスとのね……今の時代はいったいどんな教会をたてているか、気がついているかい?あらゆるものに似せて作っているんだ。図書館でも、天文台でも、鳩小屋でも、兵営でも、何でもお望みのものにね。でもひとつだけ確かなことは、そのなかに神様がいらっしゃるなんて、誰も信じちゃいないってことさ。昔の敬虔な石工は滅びてしまったんだ。だとすれば、誰も住まないあんな醜い石の残骸なんかもう建てないことこそが、いちばんの知恵ってもんじゃないか……この世紀が始まって以来、人々が建てたオリジナルな建造物といえば、たったひとつだけだ。何のお手本もなしに、この時代の土のうえに自然に生え出たかのような大建築、それが中央市場なんだよ。わかるかいフロラン。あれは勇ましい作品だ。だがそれでもまだ、二十世紀を臆病に告げているに過ぎない……」(291-292)

『パリの胃袋』 エミール・ゾラ 4/5

 この本には、政治小説としての面白さもある。それも、「政治家」の動きを描いたものではなく、小説の主役たちである「大衆」の政治信条が、登場人物の台詞を通して何度も主張されている。これは、第二帝政期の人々の心情を理解するうえでも、役に立つ記録になっていると思う。

 それからシャルヴェがだんだんと騒ぎを静め、しまいにはひとりでことばをつづけた。「それぞれの階級のエゴイズムは、専制政治のもっとも確実な基盤のひとつになっている。民衆がエゴイストであってはいけない。民衆がわれわれを助けるならば、自然に分け前を得ることになるだろう……もしも労働者がわたしのために戦うことを拒否するならば、どうしてわたしが労働者のために戦おうという気になるだろうか?……それに、問題はそこではない。フランスのような国を自由の実践に慣らそうと思うなら、どうしても十年間の革命的独裁が必要なのだ。」
 「労働者はまだ成熟成熟していなくて」と、クレマンスはきっぱり言った。「指導される必要があるわけだから、独裁はなおのこと必要なのよ」(216)

 (リザの台詞)「言ってあげましょうか、わたしの政治論を」「それはね、まっとうな人間の政治論ですよ……商売がうまく行って、静かにご飯が食べられて、鉄砲の音で目を覚まされずに眠れるなら、私は政府をありがたいと思います。……四八年のときは、ひどいものだったでしょ?……今は帝国になったけれど、何もかもうまくいって、物もよく売れてるわ。そうじゃないとは言わせませんよ……それなのに、何をしたいっていうの?みんなを撃ち殺したら、何かもっといいことでもあるの?」(230)

『パリの胃袋』 エミール・ゾラ 3/5

 この小説における、人々、とくに労働者階級に生きる者たちへの洞察はするどい。次の場面で描かれるは、今の時代の郊外や地方に生きる「野郎ども」にも当てはまる、単純さだと思う。もっとも現代のそれは、よりシニカルなものになってはいるが。

 彼(カヴァール)の饒舌で乱暴な政治思想のすべては、一種の大風呂敷と与太話、そしてパリの小商人によくある、市街戦の日に死人が見たくて鎧戸をあけるような、馬鹿騒ぎを好む嘲笑の欲求から来ていた。だからフロランがカイエンヌから戻ってきたときには、手ひどい悪戯をやってのける機会が来たことを嗅ぎとって、皇帝をはじめ内閣や要人たちから一巡査にいたるまで、いちばん辛辣なやり方で愚弄してやるにはどうしたらいいだろうかと思案していたのだった。(90)

 オーギュストはしゃべり出すとなるといつでも、オーギュスティヌといっしょにプレザンスで開く予定のシャルキュトリの話ばかりした。自分の流儀で人生の手筈を整えてゆくことに、あまりに自信を持っているように見えるので、フロランは彼に敬意を感じると同時に苛立ちを覚えた。要するにこの若者は馬鹿のように見えて、実は非常に強いのだ。目的に向かって真っすぐに進んでゆくので、とどこおりなくその目的を果して、完璧な幸福に到達することだろう。(195)

『パリの胃袋』 エミール・ゾラ 2/5

言葉で描かれた絵画

 ゾラは同時代の印象派に共鳴した作家として知られる。そして美術ジャーナリストとしてのゾラの力量は、たとえば次のような表現に見いだされることになる。

 「ほら」と、彼は立ち止まって言った。「あの歩道の隅を見てごらんよ。そのままで完璧な絵になっているじゃないか。あいつらの肺病病みの絵なんかより、ずっと人間的だろう?」
 アーケードの道に、今ではコーヒーやスープを売る女たちが並んでいた。歩道の一角では、キャベツスープ売りのまわりに、大きな客の輪ができている。錫メッキをしたブリキのバケツにブイヨンがいっぱい入って湯気を立て、背の低い小さなこんろの穴からは炭火の青白い炎がちらちら見えている。……(36)

 そしてフロランは巨大な中央市場が闇のなかから現れてくるのを見つめていた。それまで彼はいわば夢のなかで見ていたのだが、その夢のなかから、無限に広がる透明な宮殿が出現しようとしているのだ。緑がかった灰色を帯びて凝固した建物は、驚異的な骨組みと、果てしない屋根の広がりをそなえて、さらにいっそう巨大に見えた。幾何学的な塊を積みかさねたその姿は、内部の灯がすべて消されて黎明の光にひたされた今では、四角く、規則的で、まるで常軌を超えた大きさの現代の機械、蒸気機関かあるいは、ひとびとの消化のための大ボイラー、木とガラスと鉄で作られ、エンジンのような優美さと力強さをかねそなえ、暖房の熱と車輪のすさまじい振動と目まいをともなって作動している、ボルトとリベットで留められた金属の巨大な腹のようなものとして現れてきたのだった。(39)

 ゆっくりと昇る朝日は、とても穏やかな灰色で、すべてもものを水彩画のような明るい色調に染めていた。密集して押し寄せる波のように積み重なったこの野菜の大河は、秋の鉄砲水のように車道の溝へと流れ落ちるかに見え、真珠のように微妙な陰影のなかに、柔らかい紫と、乳色をおびたバラ色と、黄色のなかに溺れたような緑と、そのほか夜明けの空を色とりどりの絹へと変えるあらゆる淡い色調をそなえていた。そして朝焼けの光がランビュトー通りの奥に炎の噴出となって昇るにつれて、野菜たちはしだいに目を覚まし、地上にただよう広大な青さのなかから姿を現してくるのだった。(40)

 このような視覚的な表現のほか、嗅覚(チーズの臭い)や聴覚を鋭敏に記した表現が、小説の随所に見られる。

『パリの胃袋』 エミール・ゾラ 1/5

 いまから20年前、好んでゾラの小説を読んでいた時期があった。一年半程度うちに『ナナ』『金』『ボヌール・デ・ダム百貨店』『初期名作集』『愛の一ページ』『獣人』のほか、ジャーナリストとして寄稿した文章や、関連書籍なども読んでいた。
 それ以来、久方ぶりに手に取ることになった、ゾラのこの小説。ここ数年は鹿島茂氏の著作などで、第二帝政期のフランスに関する知識を得てきたせいか、以前よりも、物語が立体的に見えてくる。
 私が今回読んだのは、ゾラの没後百年を記念し、2003年に藤原書店から刊行された「ゾラ・セレクション」のなかの一冊。2026年の本年、このシリーズは新たに新版として刊行が再開されることになったが、その第一弾が『パリの胃袋』である。第二帝政期の都市風俗や政治、商業、大衆をすべて詰め込み、さらには印象派を思われる風景描写を駆使したこの作品は、再刊の第一弾として実にふさわしいと思う。

『特性のない男 ウルリッヒとアガーテ』 ローベルト・ムージル 6/6

近親愛について

 ちなみに、この小説を一部で有名にした「近親愛」は、たとえば次のように表現されている。ここからもわかる通り、二人の行為は、読者の様々な想像力に開かれているものである。

だがすべての感情と同様、愛においても、行為による実現から遠く離れれば離れるほど、その灼熱の炎は言葉の中でより大きく燃え広がるのである。そして最初に起こった、心を激しく揺さぶるあの捉えどころのない体験のあとで、兄妹がひたすら会話に身を任せ、ときおり魔法にかけられたような気分に浸っていたのは、まず第一にどのように行為していいかわからないからだった。その原因でもある自分自身への感情の恐れと、殻を破ってその感情を見極めたいという好奇心がせめぎあっていたため、内容的には深みに達しているのに、ときとしてふたりの会話は表層にとどまらざるをえなかった。(643)

『特性のない男 ウルリッヒとアガーテ』 ローベルト・ムージル 5/6

哲学的省察、詩的表現

 また、次のウィトゲンシュタイン的ともいえる哲学的省察は、「形而上学小説」といわれるこの作品の面目躍如といったところ。

彼の幸福は人を殺さないことにあるかもしれないし、人を殺すことにあるかもしれないが、彼は徴税人のように、自分に課せられた要請を淡々と果たして回る者には決してなれないだろう。彼がこの瞬間に感じていたのは命令ではなく、自分がある領域に入り込んでいたという感覚だった。その領域においてはすべてがすでに決定されていて、あらゆるものが母乳のように意識を和らげるのがわかった。だがそれを告げたのはもはや思考ではなく、日常の断片的な感情でもなかった。それは<全的把握>であったが、それでいてまた、さながら風が遠くから知らせを運んでくるかのようだった。その知らせは真でも偽でもなく、理性に一致しても反してもいないように彼には思われた。あたかもひそやかな至福の逸脱が胸のなかに舞い落ちたかのように、それは彼を捉えたのである。(111)

 次の記述も、誰かは判らないが20世紀の哲学者のことを想起させる。

彼は腕で頭を支えて横になっていたが、それはさながらメディチ家礼拝堂の棺を飾る彫像のようだった。そのことが突然彼の頭に浮かんだ。その姿勢をとっていると実際に、雄渾さが、そして彫像の静けさが持つ独特な浮遊感が彼のからだじゅうを駆けめぐり、いつもより力がみなぎってくるような気がした。いま遠く離れたところから、これまで自分とは何の関係もないと思っていたこの芸術作品を理解しているのだと、彼は初めて悟った。(128)

 次の場面も、哲学的省察のひとつ。ムジールは私たち=特性のない人間たちがなんとなく抱く感覚を、分析し、言葉にしてくれる。

それでも、駅に迎えに来ていた老僕に妹の夫はもう来ているのかと訪ね、ハーガウアー教授は葬儀の日に来られますという答えを聞くと、彼は嬉しくなった。葬儀まではせいぜいあと二、三日しかなかったとはいえ、彼にはこのひとときが、誰も立ち入れない無限の時間のように思われた。ぼくはこれから妹の傍らで、世界で最も仲睦まじいふたいりのように過ごすのだ——どうしてそんな風に思ったのか、考えたところで答えは出なかっただろう。おそらく<未知の妹>という観念が、どこにも行き場のない幾多の感情を受け入れる、あの広漠とした抽象概念のひとつだったからだろう。(210)

 さらには、詩的な気づきともいえる見事な表現も、見いだすことができるだろう。

(事物の正しい名を所有することができないとき)むしろそのとき彼は、手でつかめそうなくらいくっきりとした若葉の色を言葉で言い表すこともできず、何の遠慮もなく自分はここだとひたすら訴えかけてくる諸々の花の形のひとつを描出することもできない無力さに、まず身をゆだねることにした。そういう状態においては言葉は切れ味が鈍るし、果実を確かに口にしたと思ったも、それはまだ枝についたままなのだ。おそらくそれが、白昼の神秘主義の第一の秘密なのであろう。ウルリッヒはなんとかそれを妹に説明しようとしたが、それは、この状態がある日幻覚のように忽然と消えてしまうのをひそかに恐れてのことだった。(602)