八重山諸島

数年前、はじめて島を訪れた時のことを思い返す。
旅に希望が持てなくなったあとの、しばらくぶりの旅だったと思う。なぜ旅に出ようと思ったのかは分からない。ただ、今ある日常をずらしてくれるのもが欲しかった。
島に渡ると、宿のマイクロバスが出迎えてくれた。しばらく行くと集落に着く。細い道の両側に赤瓦の家が並び、その家々を呑みこむかのように亜熱帯の植物がしげっている。
宿に着くと、懐かしいにおいがした。うまく表現できないが、安宿のにおいとでも言えばいいのだろうか。それは、私に旅の記憶を思い出させてくれるにおいだった。部屋に通されしばらく休んでいると、身体が徐々に島の空気になじんでくることが感じられる。この島が好きになれそうな気がした。
夕食を食べた後、宿の客たちと連れだって夜の海に行った。海岸には光がなく、どこまで海水が迫っているか分からない。たださざ波の音がするだけだった。
帰り道、人のいない静かな集落を歩いていると、ふと風が吹いてきた。なまあたたかい湿気を含んだ、気持ちのよい風だ。その瞬間初めて、旅をしているということを、強く確認できたような気がした。