ゼルキンのショパン(ピアノ作品集)

数か月づいたショパン・シリーズも、このCDが最後。
今までの「全集」ものとは違い、「ワルツ」「夜想曲」「マズルカ」など様々なジャンルから、演奏者によって曲が組み合わせられた構成となっている。その意味で、これまで聞いてきた曲集とは毛色が違っているのだが、演奏を聴いた印象も大分異なる。
ショパンの演奏と言えば、サロン的で華やかなもの、あるいは内省的でセンチメンタルなもの、というのが大方のイメージではないだろうか。
たしかに、ゼルキンの演奏も内省的ではある。しかし、その内省は「クラシック音楽的」な、あるいは「ヨーロッパ的」なものではない。それは、都会的でモダンな感覚、たとえば東京のような巨大都市のなかで、夜の孤独をあたたかく癒すような音楽。

彼の演奏には、どれをとってみても、精緻で、しかも本当に正直な、そうして嘘と同じくらいに誇張に陥り、自分の心にあるもの以上のものを音にしてしまうことに対する細心の警戒が払われているところがあり、私を驚かせ、かつ、魅惑したのである。それでいて「詩」があるのだ。そこには、文字どおり、清冽な水の流れにみるような清らかな抒情性がある。(『吉田秀和作曲家論集3』より)

その抒情性とは、シスレーやコローの風景画を見たときに心の中に生じるような、やさしさとも言えるものであろうか。
多くの人にとって、大都市の夜は孤独なものだ。しかし、そこにあたたかさがあることも、また多くの人が知っている。そこにある抒情、それはゼルキンショパンのようなものなのかもしれない。

ショパン:ピアノ作品集

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