ハンナ・アーレント入門/杉浦敏子

2007/7/29-/8/10
アーレントの思想を『人間の条件』を中心に解説。

判断力

「判断力とは、共有される公共的空間を保持するための共同的な理性的能力であり、公的生活、公的幸福について判断を下す能力なのである。人々がこの共同世界、公的世界の在り方に無関心になり、私的利害にのみ目を向けるとき、全体主義の脅威が現実のものになったと彼女は考える。これが「無思考性」の問題である。
判断力は未だ吟味されていない判断基準を批判的に解体する思考能力であり、普遍的な原理を見いだし得ない状況において、個別的な事柄を判断する能力である。それは共通感覚とでもいうべきものに基づき、この感覚こそが公共性の根底を形成するのである。」(62)

政治社会とは何か

アーレントのいう政治社会は、宗教的・民族的親和力や共通の価値によって形成されるものではなく、公的空間や公的機構を共有し、その活動に参加することによって形成される社会である。政治共同体に人々を結合されるのは、彼らが共同してつくり上げる世界、彼らがともに住み、市民として担う機構とその中で行う実践そのものである。」(87-88)
「「全員一致の意見」といったものは、アーレントにとってはそもそも危険の兆候であり、人々が考えることを止めたサインである。「大衆の全員一致は、同意の結果ではなく、狂信とヒステリーの表現である。」ここに全体主義への転落という民主主義の陥穽が待ち受けているのである。」(89)

近代における社会の拡大

「私的領域では生物的水準において生命の再生産を図ることが第一の目的とされるため、この領域は、生命の必然に拘束されているという点で、「人間的意味」を持ちえない。他方、公的領域は生命の再生産から開放された自由な人間が織り成す政治的空間なのである。この私的領域の国家代への拡大がアーレントの言う「社会」である。つまり政治と経済の境があいまいになり、巨大な民族大の家政問題を解決するのがあたかも政治の役割であるかのような事態が出現したのである。
そして、「社会」の前提は「平等性」ではなく、「同一性」であるため、まさに社会的なるものは政治的なるものとは敵対する。」(105)

労働・仕事・活動

「労働」
・生命の必然に拘束され、無限に同じ事を繰り返す。
・「無世界性」の経験――苦痛の中で世界から追放されているということ。
・他者の存在を必要としない。
「仕事」
・自己確証と満足を与えてくれる。
・目的と手段の系列の中で行われ、その生産物は「永続性」と「耐久性」を持つ。
・公的世界を建設する可能性が開かれている。
「活動」
・人間の「唯一性」の発露となる。と同時に他の人々との「共通性」を備えている。
・予期せぬことを行う人間の能力と結びつく。
・「言論」と不可分の関係にある。
・公的性格を持つ。「公的」とはあらゆる人に見られ聞かれうる公開性と、共通世界に関わっていることを意味する。(144-152)