荒野へ/ジョン・クラカワー

2007/1/21〜2/4
「ところが、マッカンドレスが彼の世界に飛び込んできて、老人がこつこつ築いてきた孤塁は根底から崩されたのである。マッカンドレスといっしょにいることは楽しかったが、彼らの間に芽生えはじめた友情はまた、自分がいかに孤独であったかを彼に気づかせた。若者はフランツの生活のなかにぽっかり口をあけている空虚さを埋めてはくれたが、その仮面をはぎとりもしたのだ。やってきたときと同様、マッカンドレスがとつぜん出ていったとき、フランツは自分が意外に深く傷ついていることに気づいた。」(82)
「いくらネモ気どりでいても、そうはいかなかったよ。エヴェレットは一匹狼だが、人間はとても好きだった。ただ、そこに住みついて、ひっそり余生を送ることはできなかった。ま、だいたい人間なんて、そんなもんだよ。俺もそうだし、エド・アビーだって、このマッカンドレスという若いのだって、みんなそうだ。みんな仲間付き合いは好きだが、あまり長いことまわりにいられるのは、耐えられない。だから、行方をくらましたり、またしばらくもどってきたり、逃げ出したりするのさ。エヴェレットがやっていたのは、それだよ。」(136)
「エモリー大学の二年度が終了した際のパーティで、僕はクリスと会った」と、エリック・ハサウェイは記憶している。「彼はすっかり人が変わってしまっていてね。ひどく内向的になり、冷淡と言ってもいいような感じだった。『やあ、会えてよかったよ、クリス』と言うと、皮肉っぽい返事が返ってきた。『そう、会えてよかった。皆と同じことを言うんだね』彼はなかなか打ち解けようとしなかった。彼が話したがっていたのは、学問のことだけでね。エモリー大学の社交生活は、男子学生友愛会と女子学生友愛会が中心だったけど、そんなものには、クリスは参加する気もなかった。皆がギリシア文字クラブの会員になりだすと、古い友人たちからもいくらか距離を置き、自分の殻に陰鬱に閉じこもってしまったんだ」(169)
「カイは自宅へ夕食に招いてくれた。夕食後、私は床に寝袋を広げた。彼女は寝入ってしまったが、隣室で横になっていた私はなかなか眠ることができず、彼女のおだやかな寝息に耳を澄ませていた。私はここ何年か、生活の場で女性との触れ合いなどなくても、また実際に人との付き合いなどなくても、いっこうにかまわないと自分では思っていた。だが、この女性と出会うことで感じた喜び―よく響く笑い声、私の腕に手を乗せた無邪気な振舞い―によって、それが自己欺瞞であることがはっきりした。私は空しい気持ちになり、心が疼いた。」(191)
「若いころには、欲しいものはとりもなおさず、とうぜん自分のものになるべきだと信じがちだし、なにかが欲しくてたまらなくなれば、手に入れるのが神からあたえられた権利だと思いこみがちである。その年の四月、クリス・マッカンドレスのようにアラスカへ行く決心をしたとき、私は情熱を洞察力と勘違いしていた未熟な若者であり、欠陥だらけのあいまいな理屈にしたがって行動していた。デヴィルズ・サム山への登頂は、うまくいっていない私の人生を根底から変えてくれるものと思い込んでいた。もちろん、結局はほとんどなにひとつ変わらなかった。ところが、はっきりわかったのは、山は夢の貧しい避難所として役立ってくれるということである。そして、私は生きながらえ、自分の体験を話しているわけだ。」(214)