潤一郎ラビリンスⅥ−異国綺談/谷崎潤一郎

2007/6/30-7/21

独探

「その相手になる彼等は一体どう云う種類の「娘」たちであろう。どう云う積りで、彼等はこんな小説じみた段取りを仕組んで、気心の知れぬ西洋人と手数のかゝった慰みごとをするのであろう。私には全く訳がわからなかった。手紙を通じて想像される此れ等の娘たちは、淫売にしても多少普通の淫売とは毛色が違って居るらしい。私はその奇怪な拙劣な手紙の文句の中に、外国人の眼に映ずる日本の女の珍しさ不思議さが、躍動して居るように覚えた。日本人同士の間では、到底見る事の出来ない日本の女の物好きと露骨とが、そこにまざまざと現れて居た。それ等の手紙は私に対して、非常なエキゾティックな感を与えた。」(57)

ハッサン・カンの妖術

「私が印度の物語を書くのは、印度へ行かれない為めなんです。こう云うとあなたに笑われるかも知れないが、実は印度に憧れて居ながら、いまだに漫遊の機会がないので、せめて空想の力を頼って、印度と云う国を描いて見たくなったのです。あなたの国では二十世紀の今日でも、依然として奇蹟が行われたり、ヴェダの神々が暴威を振るったりして居ると云うじゃありませんか。そう云う怪しい熱帯国の、豊穣な色彩に包まれた自然の光景や人間の生活が、私には恋しくて恋しくて堪らなくなったのです。それで私は、あの有名な玄弉三蔵を主人公にして、千年以前の時代を借りて、印度の不思議を幾分なりとも描いて見ようと思ったのです。」(118)