あこがれの系譜

あこがれの系譜とでも言うべきものを辿っていくと、高級ホテルや劇場、美術館といった場所に行き着く。それらの場所で感じられるものを、あえて表現するとなれば「幸せな幼少期の記憶」とでも呼ぶべきものであろうか。私が高級ホテルや美術館を好きな理由は、サーヴィスや美術品そのものよりも、場の持つ雰囲気にあると言ってもよい。そして、その雰囲気をもっとも感じさせてくれるものは、品のある幸福そうな家族たちなのだ。
私は、その家族に守られている子供の立場に憧憬を覚える。そして、その家族に私の幼少期の記憶を仮託する。もちろん、私の幼少時代は、彼らのそれとは似ても似つかないものであった。そのため、彼らに仮託された私の記憶は、過去にも未来にも永遠に手に入れることができない。プルーストは自分が手に入れられないものこそ魅力的であり、手に入れた瞬間にそれは色あせてしまう、と言っている。作られた「記憶」を感じることができる限り、それらの場所は私にとって魅力的であり続けるだろう。