「拡張現実」という言葉がある。どちらかといえば、情報テクノロジーや、その発想を基にした批評などでよく聞かれる言葉だ。
サバの詩集を読み、私が思い浮かべたのはこの「拡張現実」という概念だった。
彼が歌ったトリエステの景色は、偽物ではない。詩人の眼をもって、彼が生活したトリエステを、豊かな拡がりをもつ世界に仕立てたのだ。
須賀氏は「騙された」と書いたが、私には氏が本心からそう感じているとは思えない。そのトリエステの失望は、帰国後、作家が立て続けに発表した随筆のなかに、ときおり垣間見られるような気がするからだ。
「拡張現実」という発想を知ったとき、私にはこれが、退屈な日常を少しでも楽しく過ごせる、元気になれるような考え方だと思えた。詩を読むこと、詩人の眼を養うことは、現実を拡げるための力になる。サバの作品は、トリエステの街並みのような散文的な日常を過ごす私たちに、そう語りかけているようだ。
須賀敦子全集〈第5巻〉イタリアの詩人たち、ウンベルト・サバ詩集ほか (河出文庫)
- 作者: 須賀敦子
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2008/01/05
- メディア: 文庫
- 購入: 1人 クリック: 2回
- この商品を含むブログ (17件) を見る