『ウンベルト・サバ詩集』 2/2

「拡張現実」という言葉がある。どちらかといえば、情報テクノロジーや、その発想を基にした批評などでよく聞かれる言葉だ。
 サバの詩集を読み、私が思い浮かべたのはこの「拡張現実」という概念だった。
 彼が歌ったトリエステの景色は、偽物ではない。詩人の眼をもって、彼が生活したトリエステを、豊かな拡がりをもつ世界に仕立てたのだ。
 須賀氏は「騙された」と書いたが、私には氏が本心からそう感じているとは思えない。そのトリエステの失望は、帰国後、作家が立て続けに発表した随筆のなかに、ときおり垣間見られるような気がするからだ。
「拡張現実」という発想を知ったとき、私にはこれが、退屈な日常を少しでも楽しく過ごせる、元気になれるような考え方だと思えた。詩を読むこと、詩人の眼を養うことは、現実を拡げるための力になる。サバの作品は、トリエステの街並みのような散文的な日常を過ごす私たちに、そう語りかけているようだ。