この本との出会いは、今から14年前、ハノイの古書店においてであった。そのころ私は東南アジアを二ヵ月ほど周遊しており、移動時間に読む本を買うため、その店に入ったのだった。
店の主な客は白人の旅行客であるらしく、英語のペーパーバックが多いが、何割か日本語の文庫本も紛れこんでいる。その中で目を引いたのが、『ナマコの眼』だったのだ。
当時私はこの作者の名前を知らなかった。しかし、海洋民族のまなざしをとらえたような表紙の写真や、文中に出てくる土地の響きに惹かれ、この本を購入した。
ただし、20代半ばにこの本を読んだときは、ゆったりとした論の展開や、固有名詞の多さについていけず挫折。だが、この本のことはずっと心に引っかかっており、その後著者のさまざまな本を読むきっかけともなった。
鶴見氏が常々著書の中で主張していたこと。それは「国家とは別の枠組みの視点を持つこと」「海から陸を見ること」「モノから経済を見ること」、そして、「歩きながら考えること」。初読時に挫折してからも、東南アジアや日本の様々な場所を旅し、その印象が多少は熟成したいま改めてこの本を開くと、かつては味わえなかった豊かな世界を見いだすことができたと感じている。
過去の旅や人生の記憶が、時の経過により意味を帯びはじめる。レヴィ=ストロースが『悲しき熱帯』の中で、より文学的な形で述べていたことだが、このようなことはやはり存在するのだ。
- 作者: 鶴見良行
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 1993/06
- メディア: 文庫
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