『恋愛のディスクール・断章』 ロラン・バルト 2/2

 ところで、恋愛のキーワードがアルファベット順に、無機質に並べられたこの本の構成は、例えば十二音列で作られた、無調音楽を思わせるところが無いだろうか?
 音楽を愛したバルトにとって、支配する調性のない音楽から得たインスピレーションは確実にあったはずだし、それが本の構成や、あるいは「凝固しつつある言葉からエクリチュールを守る」という後期バルトの思想に反映されているとも思える。
 しかし、二〇世紀前半に流行した無調音楽の緊張感は、この本の中には感じられない。むしろそこには、ゆるやかな、豊かな快楽の時間が流れている。
 その感覚はむしろ、作者が好んで演奏したロマン派の音楽のようでもある。
 間テクスト理論という通奏低音と、無調音楽のような構成から、心地よいロマン派の文体を紡ぎだすこと。
 バルトが理想とする音楽を、一冊の作品として完成させたものが『恋愛のディスクール
断章』だといえば、妄想が過ぎるといわれるかもしれないが、読書は、そして恋愛は、この本のように親密な室内楽みたいなものであってほしい。

恋愛のディスクール・断章

恋愛のディスクール・断章