『東京奇譚集』 村上春樹

2012/1/8読了
2005年に発表された作品集。
収録された作品は5編。いずれも、中年(1編のみ20代)の登場人物を主人公とし、彼らの小さな危機とその克服をテーマとしている。
1編目は、同性愛者の男性が姉との関係を回復するまでが描かれる。
2編目は、息子の死との折り合いがつき、周囲が少し明るくなる女性の話。
3編目は、探し人が見つかったボランティア探偵が主人公。事件の解決後には、世界が少し穏やかになる。
4編目は、別れた女性が自分にとりとくべつな人であったと認める男の話。彼は誰かひとりをそっくり受容しようという気持ちになる。
最後の作品は、過去に家族が持っていた、自分に対する否定的な思いを受け入れる女の話。
どの作品も、ちいさな、個人的な関係のなかでの、しずかな感情のうごきを描いている。
私たちの生活のなかでは、何でもない小さなきっかけにより、感情が落ち込むことがある。それは場合によって、うつや自殺にもつながるものだ。ただし、過去の自分と正直に向き合うこと、他者を受け入れることにより、感情のつかえがとれ心は平穏な状態になる。それは、おだやかな夜明けのようなものでもある。
この作品集に心を動かされるのは、短編のなかでもその心の動きをていねいに描写しているからであろう。感情の危機は、彼らにとり世界の戦争や貧困よりよほど重大なことなのだ。
コミュニケーションの難しさは現代の重要なテーマであるが、関係性の社会が危機を迎えるとき、その文学的な解決策を、この本は提示してくれるだろう。

東京奇譚集 (新潮文庫)

東京奇譚集 (新潮文庫)