『トリコロール/青の愛』 クシシュトフ・キエシロフスキー

2009/2/25鑑賞
前回この映画を観たのが1999年、じつに10年ぶりに見直したことになります。今回見直してみて、覚えている部分は主人公が通うスポーツクラブのプールの場面だけでした。当時の私にとって、この映画のインパクトはそれほど小さかったのだと思います。次のような作品の解釈も、10年後の今だからこそ可能になるものなのでしょう。
トリコロールにおいて、「青」は「自由」を象徴します。主人公のジュリーに周辺には、痴呆の母、同じアパートに住む娼婦、身ごもった亡き夫の恋人、夫の曲を完成させようとする作曲家など、それぞれの「自由」を体現する人々が登場します。
彼らの自由に感染し、家族の死で失ったジュリー自身の「自由」を取り戻していく、そのリハビリ過程をこの作品は描いているのです。
そして物語のラスト、彼女は夫の曲を完成させます。そのことが、彼女なりの「自由」の獲得の方法であったように感じられます。

トリコロール/青の愛 [DVD]

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