『悪の華』 シャルル・ボードレール

近代都市のおける頽廃や叛逆の情熱を描いたものとして著名な作品ですが、現在の視点から読むとそれほどショッキングな内容とは感じられません。それは、あるいはこのような内容を当然のものとしてしまうほど、ボードレールの影響は大きかったことの証左と考えることもできます。
恋愛や都市風景を、独特の、頭の中だけで幻想を作りあげるような方法で謳いあげた作品も魅力的ですが、私は旅に対するあこがれと諦念を謳った次の二編が印象に残りました。これほど強い感情ではないにしろ、旅を重ねてきた人間、旅について考えてきた人間の観念を突き詰めていけば、このような言葉に行き当たるのではないでしょうか。

列車よ、僕を運び去れ!船よ、僕を奪い去れ!
遠い、遠い所へ!ここでは泥までが僕らの涙で出来ている!
――本当だろうか、アガートの悲しい心が、時にふと、叫ぶというのは?
《後悔と罪悪と苦悩から遠く
列車よ、わたしを運び去れ、船よ、わたしを奪い去れ!》
(『憂鬱と放浪』(153))

旅して人の身につける知識は苦い!
単調で小さな世界は、今日も昨日も明日もまた、
ぼくら自身の絵姿を見せるに過ぎず
要するに倦怠の砂漠の中の恐怖のオアシス以外でない!

行くのがよいのか?留まるのがよいのか?留まり得るなら、留まるがよい、
仕方がないなら行くがよい。ある者は走りある者は蹲むが
見張ゆるめぬ忌わしい敵、「時」を欺くためなのだ!
(『旅』(300))

悪の華 (新潮文庫)

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