ウジュンパンダンの夜

今年の冬に読んだ三島由紀夫氏の『アポロの杯』に、半世紀前のリオデジャネイロの様子を伝える、次のような文章があった。
「道は丘の頂きへ向って螺旋形にのぼってゆく。踊りの群はわずかずつそれを登ってゆくのでいつ果てるとも知れない。夜は暑かった。人々は前庭の椅子に涼み、前庭をもたない人は、門前の鋪道に茣蓙を敷いて横たわっていた。或る人は二階の窓から、戯れに火のついた巻煙草を群衆の上へ投げたりした。」
この記述を読み浮かび上がってくるものは、2009年に観たスラウェシ島ウジュンパンダンの夜景である。
街についたのは、日没後間もなくであった。ホテルで荷を解いたあと、しばし夜の街を歩く。アジアの大都市らしい陰影のふかさがあるが、この街はより一層の闇のつよさがある。
表通りから一歩裏道にはいると、ぼおっとした光がみえる。その光をめざして進むうちに、突如、平面的な明るさの室内が目にはいる。中をのぞくと、小さなモスクであり、いのりを捧げる人々がまばらに見える。
ベチャに乗り、市内をまわる。海沿いには魚介類を扱う食堂やナイト・マーケットが見え、さらに進めば大型タンカーが並ぶ港、通りをはさんでカラオケクラブが何件もある。
街中には明るいショッピングモールがあり、周囲には客待ちのベチャが並ぶ。自転車の後部座席にろうそくを灯した南京豆売りを見かける。
さらに街の奥に行けば、光は弱くなり、家々の前には、庭で夜風にあたる家族の姿がある。近代と前近代の交錯、都市的なものと農村的なものの混交。
ホテルに戻る路中では、海岸沿いに地元民がくりだし、南国の海風に身をあずけている。