二時間のゴッホ/西岡文彦

2007/7/23-8/5

ゴッホの色彩の秘密

「白といえば、地塗りの色と思われがちだが、その真価はむしろ「上塗り」によって発揮される。
上塗りは、なまの色がぶつかって調和の乱れた画面を補正する奥の手で、全体にひとつの色を薄く塗って、その色のベールによって、ばらばらの色彩に共通のトーンを与える手法である。(中略)
黄色が色面に、油絵のニス風の光沢に似た印象を加えるのに対して、白は色面に水彩絵の具や浮世絵の顔料のような、ツヤ消しのざらついた質感を与える。(中略)
アルルを「南仏の日本」とみなしたゴッホは、この地でひとり、ヨーロッパの色彩の光沢を日本の色のツヤ消し感に変換する方法を探究していたのである。
ただし、ゴッホはこの変換に白を上塗りして一挙に全色のトーンを整える手法はとっていない。それぞれの絵の具に白を混ぜているため、色彩はトーンにおいては和合しつつも原色のあざやかな対比を見せている。」(18-19)

渦巻くタッチの表現するもの

「晩年のゴッホの画風の代名詞となった渦巻くタッチは、反復する発作に、みずからすすんで入院したサン・レミの精神病院で確立したものである。
そうした事情も手伝って、この渦巻きを不安な内面の反映とする見方が一般化し、作品は聖書や文学を引き合いに無数の解釈を生み出している。が、こうした文学的な解釈はゴッホの物語を劇的にはしても、タッチの意味するものを実感として納得させてはくれない。(中略)
この造形的な根拠を明かす資料として、ぜひ眺めておきたいのがゴッホの素描である。謎の渦巻きの発生源を、これほど明瞭に物語ってくれる資料はない。
じつは、ゴッホの渦巻きはアルルの炎熱から生じている。(中略)
炎熱で生じた陽炎が実際に積み藁を揺らいで見せたのか、あるいは炎天下のゴッホの幻視を反映した意匠なのか、これ以降、急激にゴッホの筆致は揺らぎ始める。
そして、この渦巻くタッチが、ドラクロワ、モンティセリゆずりの強烈な色彩を得た時に、ゴッホ晩年のまったく独自の画風が出現するのである。」(118-119)
「陽炎は、「かげ」が揺らいで生じる陽光の炎である。
この陽炎越しに、輪郭を溶融し、色彩の渦巻くゴッホ晩年の画面では、風景も人物も同じ大気にうねり、まさしく画家の「在り方」がそのまま「見え方」に転じた世界を描き出している。
ゴッホの作品には彼の内面が投影されている――という言い古された表現は、このことを言っているのである。」(127-128)
アルルに在ること、アルルの陽炎越しに風景や人物を見ることを晩年のゴッホは渦巻く画面で表現したのだろうか。