夢のある部屋/澁澤龍彦

2007/4/14-5/11
六十〜七十年代に書かれた澁澤龍彦のエッセイ集。オブジェや現代文化、エロティシズムに加え、彼が居を構えていた鎌倉についての記述もある。
「徹夜の仕事を終えて、朝風呂に入っていると、澄み切った声で最初のヒグラシが鳴き出す。それは嬉しいものだ。はじめは一匹の声であるが、次第にそれが波のように拡がり、ついには一大合唱になる。日が照り出すと、その合唱はぴたりと止まる。
たぶん、ヒグラシという敏感な蝉は、光と闇とが交錯する中間の刻限に、その発声器官を刺激されて、あんなに悲しいほど澄み切った声で歌い出すのだろう。」(89)
「毎年十一月一日から三日間、建長寺円覚寺で風入れということを行う。方丈の部屋と廊下を使って、寺宝類の虫干しをするわけであるが、私も家が近いので、よくぶらりと拝観に行くことがある。そのたびに私がつくづく思うのは、前代の密教的な要素の濃い京都の禅刹とは明らかに違って、この鎌倉の禅刹が、強く宋風の禅の影響を受けているということだ。建長寺伽藍神像にしても円覚寺の羅漢図にしても、仏教というよりは道教の寺ではないかと思われるほど、異国的な雰囲気の濃厚なものである。絵画や彫刻においても宋元文化の影響が圧倒的に強いのが、鎌倉の禅刹の特徴なのだ。」(162-163)
「カルタ遊びに熱中している人が、何の疑念もいだかず、まじめにゲームの規則にしたがうことを考え、最後までインチキをやったり誤魔化したりしないのと同じように、ユートピストもまた、そのユートピア的建築のために、一つの石、一つの材木をも誤魔化さずに積み重ねて行くのである。その全体をめざす単調な作業が、彼らには純粋な楽しみなのだ。成功するまでトランプ占いを何度でも飽きずに繰り返していられる人は、ユートピスト的素質があると認めて差し支えあるまい。
試作も純粋な遊びにはちがいないが、詩を作ることとユートピアを構築することとは、明らかに別種の活動である。遊びの規則を尊重するということが、ユートピアを純粋思考の領域、方法の領域に近づけるのだ。すなわち、ユートピアは、芸術的空想力というよりはむしろ科学的空想力、詩的創造というよりはむしろ知的実験の結果なのであって、芸術作品とはおのずから別のものだ。
(中略)現実のただなかに、現実ならざる完全な偽者の宇宙を創造するのがユートピストの仕事=遊びなのだ。」(221-224)