『ラヴェル:ピアノ作品集』 ロジェ

 2001年の7月に、渋谷のタワーレコードでこのアルバムを買ってから、もう10年がたつ。当時ラヴェルといえば、『ボレロ』の作曲者や『展覧会の絵』の編曲者としてしか知らず、なぜピアノ曲集を買ったかといえば、ショパンのピアノ作品集を集めていた、その流れであったと思う。
 曲についてもほとんど知識がなかった。唯一『亡き王女のためのパヴァーヌ』を耳にしたことがある、という程度。それでもテレビや本でラヴェルの名前を耳にするたび、あるいは読書のBGMとして、あるいはただなんとなく気になった時に、この曲集を聴いてきた。その時々、音楽について必ずしも理解していたとはいえない。しかし、心の片隅に居を定めていたようなこの曲集は、二十代の間もっとも聴いたアルバムとなった。
 何度も聴いているうちに、当初はとっつきにくかった曲も耳なじみになってくる。聴き流すようにしか聴いていなかった曲でも、曲の展開が頭にはいるようになってきた。
 好きな曲もできた。『マ・メール・ロワ』である。神秘的な森の情景描写、東洋のお囃子のような旋律、終曲でのグリッサンド。テレビ番組で、各曲がおとぎ話にもとづく連弾曲であることを知り、ますます好きになった。
 今年の夏は(なぜかこの曲集は夏に聴くことが多い)、解説書を片手に、各曲を清聴するような聴き方をした。耳なじみになった曲たちが、立体的に再構成される。十年間ずっと聴いてきたこの曲たちの、おさらいをしているようであった。
 それと同時に、しばらくの間、曲集とはお別れする時期のような気もしている。いったん、卒業しようと思う。
 二十代の十年間は、仕事をはじめ、何の結果も残せない、空しさの残る十年間であったかもしれない。しかし、この曲集のように、すこしずつ自分のものとしていけたような音楽があったこと、こころを満たしてくれる曲たちと出会えたことは、間違いなく大きな財産であった。そのことは、これからの十年間を迎えるにあたっての、ささやかな希望でもある。

Piano Works

Piano Works