『万葉の歌人たち』 岡野弘彦

2009/3/3読了
万葉集』の成り立ちや歌人、そしておさめられた歌について解説した内容となっています。
特に、当時の歌の持っていた役割を述べた部分が印象に残っています。古代においては、歌はそのものとして歌われていたわけではなく、旅の不安を鎮める、こころの心の傷をいやすなど、生活の一部として親しまれていたものでした。また、万葉集の歌は、現実のありのままを素朴に歌い上げたものではありません。

このころの万葉人たちの心の中では、歌というものはたんにあるものをあるがままに描写して表現するという単純なものではありませんでした。現実はこうだ、しかし、現実がこうだからそれよりももっとすばらしくあれ、もっと豊かであれ、もっと清らかであれという思いを込めて、そしてそのことを言葉の力によって現実に自分たちの住んでいるこの世界で実現させようと思って、あのころの歌は歌われたのです。そこのところが、現代の短歌や詩の表現とは、いちばん違うところです。(17)

また、著者は『万葉集』を味わうもっともよい方法は、歌を暗記した上で、大和の土地を歩いてみることだ、と言っています。そのような意味で、次の山部赤人の歌を携え、当地を歩いてみたい気分になりました。

みもろの 神名備山に 五百枝さし 繁に生いたる 栂の木の いやつぎつぎに 玉かづら 絶ゆることなく ありつつも やまず通はむ 明日香の 旧き都は 山高み 川雄大し 春の日は 山し見がほし 秋の夜は 川し清けし 朝雲に 鶴は乱れ 夕霧に 河蝦はさわく 見るごとに 音のみし泣かゆ いにしへ思へば
反歌
明日香川 川淀さらず立つ霧の 思い過ぐべき恋にあらなくに(175)