現代に生きるケインズ/伊藤光晴

2008/4/29-5/25
著者はまず、ケインズは自身の思想を「道徳科学」として扱っていることを確認する。ケインズにとって、経済的効率も手段であって目的ではない。彼の中には、経済効率を損なっても望ましい制度を維持したほうがよいという考えもあったのである。(38-39)
その上で、新古典派経済学批判を進めながら、ケインズ理論を展開していく。
・全体の価値は個々の価値の合計ではない
たとえば、個人の貯蓄性向が上昇したとする。しかしそれは社会全体の貯蓄の増加にはつながらない。貯蓄の増加はその分消費を鈍らせ、最終的には所得(=消費+貯蓄)の減少をもたらすからである。(99)
・政府投資効果の幻想
補正的財政政策が成功するのは、それが民間投資へリンケージしなければ成功しない。九〇年代の日本のように、個別企業がリストラクチャリングに追われているときは、投資への余裕がなく波及効果が少ない。政府支出増による景気対策の失敗はその後のケインズ批判へとつながったが、政策が外部環境と適合しなかったことが失敗の最大の原因である。(137-142)
・貨幣数量説の否定
フィッシャーによる貨幣数量説とは、物価水準は貨幣量に依存する、という理論である。ヒックスはそれを拡張し、貨幣量は所得と利子率を決定するとした。それは「通貨は供給すれば使われる」という考え方を生むが、実際には経済内部の通貨需要量が変動しなければ、貨幣は退蔵されるのみとなる。(186-188)