楽しい古事記/阿刀田高

2007/6/16-6/30
古事記』の内容の紹介や、著者なりの解釈を記したエッセイ。古事記は以前、福永武彦訳で読んだことがあったが、全体の流れがいまいち理解できなかった。それを補足するものとして、このエッセイを読んでみた。

海幸彦山幸彦

以前読んだときには「海幸彦山幸彦」のエピソードが好きになれた。古事記のおおらかさ、素朴さを表わす挿話として絵画的な美しさがあり、この本でも印象的に紹介されている。
「子を産むとき女は本来の姿に返って産むものです。覗かないでね。私の姿を見てはいけません」
固く願って産屋に隠れたが、ホオリの命としては、――どういう意味かな――不思議に思い、そっと覗いてみると、トヨタマビメは、とてつもなく大きな鰐となって、くねくねと悶えていた。
見られたと知ってトヨタマビメは、すっかり恥入ってしまい、
「私は海の底からたびたび通って来て、お務めをしようと考えておりましたのに、本来の姿を見られては、もういけません」
産んだ子だけを残して海中へ帰って行った。(119-120)

古事記と権力

また、当時の権力体制と古事記編纂の関連を考えさせられるエピソードも紹介してある。例えば著者の次のような記述からは、おおらかなだけでない古事記の一面を伺うことができる。
「(聖徳太子が千二百六十年前を皇紀元年としたことに関して)ずいぶんと大盤振る舞いをやってしまったものだ。日本列島はどうなっていたのか?弥生式土器の時代より古く、縄文式土器のまっただ中。考古学の領域である。
讖緯説を頼りに建国のときを決めてはみたものの神武天皇の即位以来の長い年月を、なんとか埋めねばならなくなった。その結果、フィクションとしての天皇の名が並べられた、というのは、ごく普通の推理ではあるまいか。」(154)