記憶の遠近法/澁澤龍彦

2007/2/7-2/24
「幼少時の思い出は、なにか暗い闇の中に一点、ぼうっと明るんだ、にぎやかな光の空間があって、それを遠くから見ているような感覚を私にいだかせる。それは一種の祭りの空間であって、そこに自分も参加しているはずなのだ。ハーゲンベック動物サーカスのリングは、私にとって、そのような空間の内部に同心円のように浮かびあがってくる、さらに小さな一つの光の空間なのである。」(118)
「熟した火の玉の重みによく堪えた線香花火は、やがて私たちの期待に応えて、庭さきの薄暗がりのなかに、華麗な火花の抽象模様を繰りひろげはじめる。いや、抽象模様と言ってはよくないかもしれない。私たちはこれを松葉と呼んでいたからだ。まことに優雅な呼び名である。
最初にパッと飛び出す松葉があり、次にまた、パッと飛び出す松葉がある。やがてパッパッ、パッパッパッ、パパッパッパッと急テンポになり、前後左右にせわしなく松葉が飛びちがう。そして松葉の絶頂期をすぎると、火花の線は次第に力を失い、円味をおびて下に垂れるようになる。これがすなわち、しだれ柳である。最後は、すべてのエネルギーを使いつくした火の玉もろとも、火花は地面に落ちる。」(210)