川瀬巴水の浮世絵

愛知県美術館で開催されている所蔵作品展で、川瀬巴水の浮世絵を観た。『東京二十景』という、昭和初期の東京の様子を、浮世絵の手法で描いた連作である。
それぞれの作品は安定感があり、新しい東京の風景が、浮世絵にそれほど違和感なく表現されているのだが、どこか寂しい。
たとえば、ギリシア建築に対するグリークリバイバルや、ルネッサンス絵画に対する新古典派絵画など、過去を規範とした芸術様式は多い。川瀬巴水の作品も、江戸時代の浮世絵を規範とし、新時代の新しい浮世絵表現をめざしたものと考えられる。
しかし、その作品には、北斎や広重のみずみずしさはなく、どこか懐古主義的な趣が強い。絵画の構成要素をみれば、増上寺や大根河岸の木船など、江戸からある要素の表現が強いいっぽうで、電柱やビル群など、新しい都市の要素は、浮世絵の様式にうまく表現されているとは言いがたい。作品の方向性が過去の規範のみに向かっており、同時代の都市風俗を捉えきれていないのだ。
おそらく、このことは川瀬自身も判っていたに違いない。現代の都市風俗を表わすのに、浮世絵の規範では苦しい。あえてその規範に従えば、都市風俗の魅力を表現しきれない、時代錯誤なものとなってしまう。
その結果、作品には寂しげな印象がのこってしまう。だが、昭和初期に既にこの寂莫が存在した事実は、新鮮でもある。