『シューベルト:ピアノ・ソナタ第14番』 内田光子

 シューベルトはロマン派の嚆矢といわれる作曲家である。このピアノ・ソナタを聴けばその理由が分かる。古典派の均整のなかから、ロマン派的な感情の揺らぎが生まれる過程が見て取れるだろう。
 第一楽章、最初の主題は短調で始まる。しっかりと構成された古典的な曲調、しかしその中に、ひとつだけ特別な響きをもった和音がある。その和音の導かれるように、長調の第二主題では感情の横溢といえるような曲調となる。それは、見慣れた風景のなかで、一瞬のうちに視界が開ける感覚、ともいえるであろうか。
 第二主題であらわれたその感覚は、第二楽章・第三楽章でも、長調の旋律となる度に繰り返され、作品全体に、幻想的な、憧憬のような印象をあたえている。
 吉田秀和氏はシューベルトの音楽を次のように論じている。「彼の作品は、随分おそくなってからのものにいたるまで、青春の香りがつきまとっているかに見える。だが、そういう天才であっても、彼がなしとげた最終的な仕事というところにくると、これは非常に厳しい精神内容と、そうして高度に独自の完成度をもった作品になった。」
 となれば、青春の香り、その若々しさとは、この長調とも言えるであろう。もっともそれは、後には乗り越え、捨て去られるべきものかもしれないが。

シューベルト:ピアノソナタ第17番 第14番

シューベルト:ピアノソナタ第17番 第14番