『白夜』 ドストエフスキー

2011/1/10読了(再読)
頭の中だけで恋愛をする人間の気持ち悪さが描写されている、と言われる本書である。再読して見ると、恋愛の独り相撲ぶりよりは、むしろその切実さが目につき、単純に主人公を笑い飛ばすことはできない気分になる。しかし、主人公の気持ちの真っすぐさが、なおさらその気持ち悪さを増長させてもいるのだ。
主人公の性格は、次の場面に端的にあらわされる。例えば「かつて幸福であったと思う場所を思いだして、一定の時期にそこを訪れるのが好き」であり、「二度と帰らぬ過去に調子をあわせて、自分の現在を築きあげ」ているという、一目ぼれの相手への告白。自分が彼女に恋をしていることを、相手も気づいていると一方的に思い込み、直後に彼女からそれを否定される場面。(「あたしがあなたを愛しているのは、あなたがあたしに恋をなさらなかったからなのよ。」)
恋愛はもちろん悲恋に終わる。その次の朝、目の前のものがすべて色あせて見える、という作者にしてはありふれた描写がある。しかし裏を返せば、このような恋愛でも気持ちが盛り上がっているうちは、周りのものが輝いて見えていたということでもあるのだ。
気持ちが覚め、冷静になって世界を眺めている今と、恋をする相手がいた過去。通常の物語では後者が称揚されるのだろうが、主人公の行動が奇特であるだけに、この本の作者はどちらが望ましいと考えていたのか、想像して見ると作者の意地の悪さも感じられておもしろい。

問題なのはあなたに対する愛、愛し方なんです。もしもあなたがまだあの人を愛しているとしたら、ぼくの知らない男のことを愛しつづけているとしたら、とにかくあなたに気づかれないように、ぼくの愛がひょっとしてあなたの重荷になるようなことがないように、そんな愛し方をしなければならないということなんです。あなたがただいつも自分のそばで、感謝にみちたハートが鼓動していることを感じさえすれば、感じとってくれさえすればそれでいいんです。感謝にみちたハート、あなたにあこがれている燃えるようなハート……(99)

白夜 (角川文庫クラシックス)

白夜 (角川文庫クラシックス)