批評の精神分析/東浩紀

2008/3/31-4/12
著者のここ数年の対談を集めたものだが、近年の著書に対する識者の反応と、それに対するコメントがおもしろい。
動物化するポストモダン』については、現代の人間は動物的・人間的な二つの面で生活していることが改めて確認され、社会全体の無害な動物化については問題なく受け入れるという著者の態度が見られる。
『東京から考える』については、若者にとっての中央線的な文化の重要性を主張する仲俣氏に対し、ケータイ小説ジャスコ的な郊外の風景も文化として捉える視点の必要性を述べている。
ゲーム的リアリズムの誕生』については、他者に対する想像力を、第三の審級を必要とせずに持つことが、ゲーム的リアリズムの倫理であることが述べられている。
また、著者はこの本を通じて「工学的」というキーワードを頻繁に出している。著者はデリダフーコーの思想のなかに工学的なものを見出したことを述べ、それは彼らの固有名詞を棄却し、彼らの思想が生まれた「環境」を取り出すことで見えてきたものだとしている。(357)