『芥川竜之介随筆集』

 芥川竜之介といえば、その容姿や作品から、知性にあふれるシャープなイメージがある。そのため、彼の随筆にも、鋭い文明批評や人間に対する洞察を期待していた。
 しかしその内容は、学生時代の思い出や友人たちの印象など、どこかほんわかしたものが多い。すこし肩透かしを食らわされた感もあったが、これが作家のリアルな姿なのかもしれない。
 とは言いながら、エッセイやアフォリズムのなかには、人間性の機微を感じる表現に出逢うことも多く、作家の凄みを感じさせられたりもする。下に引用するのは、震災後の東京下町を描いた『本所両国』からのものだが、普通の生活の中に訪れる些細な変化、それによる微妙な感情のうごきを、的確に表現している。
 今まであまり読んでこなかった芥川竜之介の小説。このような、唸らせられるような表現に出逢うことを、これからの楽しみにしたい。

 そのうちに僕は震災前と――というよりもむしろ廿年前と少しも変わらないものを発見した。それは両国駅の引込線をとどめた、三尺に足りない草土手である。僕は実際この草土手に「国亡びて山河あり」という詠嘆を感じずにはいられなかった。しかしこの小さい草土手にこういう詠嘆を感じるのはそれ自身僕には情けなかった。(91-92)

 しかしこの浮き桟橋の上に川蒸気を待っている人々は大抵大川よりも保守的である。僕は巻煙草をふかしながら、唐桟柄の着物を着た男や銀杏返しに結った女を眺め、何か矛盾に近いものを感じない訳には行かなかった。同時にまた明治時代にめぐり合った或なつかしみに近いものも感じない訳には行かなかった。そこへ下流から漕いで来たのは久振りに見る五大力である。艫の高い五大力の上には鉢巻きをした船頭が一人一丈余りの櫓を押していた。それからお上さんらしい女が一人御亭主に負けずに棹を差していた。こういう水上生活者の夫婦位妙に僕等にも抒情詩めいた心持ちを起させるものは少ないかも知れない。僕はこの五大力を見送りながら――そのまた五大力の上にいる四、五歳の男の子を見送りながら、幾分かかれ等の幸福を羨みたい気さえ起していた。(98-99)

 僕等はのれんをかけた掛け茶屋越しにどんより水光りのする池を見ながら、やっと短い花房を垂らした藤棚の下を歩いて行った。この掛け茶屋や藤棚もやはり昔に変っていない。しかし木の下や池のほとりに古人の句碑の立っているのは僕には何か時代錯誤を感じさせない訳には行かなかった。江戸時代に興った「風流」は江戸時代と一しょに滅んでしまった。唯僕等の明治時代はまだどこかに二百年前の「風流」の匂いを残している。けれども今は目のあたりに、――O君はにやにや笑いながら、恐らくは君自身には無意識に僕にこの矛盾を指し示した。
「カルシウム煎餅も売っていますね。」
「ああ、あの大きい句碑の前にね。――それでもまだ張り子の亀の子は売っている。」(109-110)

芥川竜之介随筆集 (岩波文庫)

芥川竜之介随筆集 (岩波文庫)