NHK アジア・フィルム・フェスティバル

10月から11月初めかけて、個別にブログに書いた以外にも、以下の作品を鑑賞した。
『トゥルー・ヌーン』 ノシール・サイード
『僕たちのキックオフ』 シャウキャット・アミン・コルキ
『シャングリラ』 丁乃筝
どの作品も、根底にある社会的な問題扱っている印象を受ける。例えばそれは、越境や貧困やテロリズムのような外面的なものから、『Orzボーイズ』に見られるような内面的なものもある。それぞれが製作された国・地域の状況を鑑みると、社会が成熟し経済的に豊かになるにつれ、内向的な表現の様相が強くなる傾向が見てとれる。
その意味で、最後に観た『シャングリラ』は高度消費社会における内向を扱ったものと思うが、他の作品に比して表現が空回りしており、観光映画のような作品になってしまっている。経済的な成熟を迎えた中国で、映画表現として扱える新たな課題を見つけることのむずかしさ、それがこの映画の鑑賞後感であった。そして、それは成熟社会全般において、新たな物語を組み立てていくことの課題でもあろう。