『フーコー<性の歴史>入門講義』仲正昌樹 4/4

第四巻『肉の告白』

・初期の教父であるクレメンスと、その二世紀後のアウグスティヌスの間には、性的関係の倫理を「自然化する」傾向があるヘレニズム化した、ストア派的なキリスト教と、厳格でよりペシミスティックで、人間の本性を堕落という視点からしか考えず、性的関係にもネガティヴな指標を割り当てるキリスト教のあらゆる相違がある。この変化をもたらした要素が、二世紀の後半に始まる「悔い改めの訓練」と三世紀の終わりに始まる「修道院的禁欲」であり、これらが新しい「自己への配慮」あるいは「主体性」の形成に繋がった。(362)
・四世紀には、魂の不死を処女性と絡めて論じるテクスト、古代において性の問題とともに始まった自己への配慮を、性の抹消による身体性の止揚とも言うべき極端にまで変容させたテクストが登場した。
・(質問への回答として)古代的な共同体の枠組みや宗教的・哲学的世界観がどんどん崩れていって、自分をどう把握したらいいか、自分たちの欲望をどう処理していいか分からなくなった。そこでキリスト教が精神的共同体のモデル、古代のそれを真似ているけれど、より羊飼い的な「魂のケア」のあり方を示して、支持されるようになった。国家が直接性的に規制の装置を提供しなかったというより、そういう安定した国家がしばらく誕生しなかったので、キリスト教の先ずは「魂のケア」という戦略が成功したのでしょう。制度的に意義付けされない、剝き出しのリビドーは不気味だったのでしょうね。(399)