私の好きなヴェネツィア絵画
ルネサンスといえば、フィレンツェ。ボッティチェリ、ミケランジェロ、そしてレオナルド。燦然と輝くこの巨匠たちに比べれば、ティツィアーノ、ジョルジョーネ、ヴェネローゼらヴェネツィアの画家たちは、ルネサンスの脇役に見えてしまう。
しかし、あたたかみのある豊かな色彩や、都市の享楽を感じさせる画題は、神話や宗教の世界をえがくフィレンツェやローマのルネサンス芸術とは、また違った魅力がある。
なぜかこれほどヴェネツィア絵画に好みをおぼえるのか、その秘密を知りたくなり、画集と何冊かの本をひも解いてみた。
ヴェネツィア絵画の魅力
一般的に、フィレンツェの芸術は素描に優れ、ヴェネツィアのそれは色彩に勝るといわれる。しかし、その表象的な部分のみがヴェネツィア絵画の魅力だとは思えない。
画集を見て気づくことは、それらの絵画の多くが「当世風」であるということだ。
もちろん、ボッティチェリのヴィーナスに15世紀の風を感じることはできる。しかし、その画面から当時のフィレンツェをしのぶことはできない。対して、ティツィアーノの官能的なヴィーナスや室内装飾、ヴェロネーゼの活気ある館はまさに当時のヴェネツィアのものだ。ジョルジョーネの女神は当時のヴェネツィアにいたかもしれないが、ボッティチェリの女神たちが、フィレンツェを歩いていたとは考えられない。
ヴェネツィア絵画が描く世界は、日常からはなれた神話の世界ではない。たとえ神話や宗教がテーマとなったとしても、それは都市生活の延長上に描かれる。画家たちは、カンバスを通して私たちを15世紀のヴェネツィアに招待してくれるのだ。
カーニヴァルとしてのルネサンス
ミハイル・バフチンは、そのカーニヴァル理論を用い、ルネサンスを次のように捉えている。中世において、周期的に現われていたカーニヴァル的な空間が、社会全体に一気呵成に噴出したのが、ルネサンスという時代である、と。
ボッティチェリやミケランジェロは、華やかな画面の中にカーニヴァルを現出させた。対してヴェネツィアの画家たちは、カーニヴァル的な都市を切り取った。その絵を通し、私たちは当時のヴェネツィアを想像し、憧れを抱くこともできる。
祝祭都市の系譜
ヨーロッパの絵画史のなかで、祝祭的な都市の様子を描かれた時代は、意外なほど少ない。ヴェネツィア・ルネッサンスの次に来る大きな流行となると、19世紀の印象派となってしまうのだ。
ところで、この二つのジャンルはいくつかの共通点がある。たとえば当時の最先端の絵画技法を使っていること、豊かな色彩を持つこと、そして次の時代のバロックあるいは20世紀絵画に大きな影響を与えたこと。
この二つの流行のあいだには、通底したものがあるかもしれない。16世紀のヴェネツィアから300年後のパリへ。次はその名も「祝祭都市」と言われる19世紀のパリを、印象派の額縁から眺めてみたい。
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